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よくわかる北朝鮮旅行2016年5月 by 神谷奏六

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北朝鮮の共同農場見学 〜青山里・共同農場の見学に行く〜 (1)北朝鮮の農家の制度について

北朝鮮旅行のプランに「青山里(チョンサンリ)農場見学」というのがあります。
北朝鮮の農業と言えば、有名な金日成時代の大失敗と、あまり知られていない金正恩になってからの意外な大成功ですが、その実態を見れるとのことで、訪問しました。




北朝鮮の農業と言えば、金日成時代の完全に誤った農業政策と、それによる大規模な飢餓で広く知られています。

そしてその後、1998年頃以降、実は意外とまともな農業政策の改善をおこなっており、特に金正恩時代になって、目立って食料事情が改善されているという国連の統計データが出ています。



まずは、金日成時代の農業政策の大失敗の歴史と、その名残について、レポートです。



1.北朝鮮の農業の歴史

ジャーナリスト・池上彰氏の著書「そうだったのか! 朝鮮半島 (そうだったのか! シリーズ)」に、北朝鮮の農業の失敗の歴史についても書かれています。


かつて、ソビエト連邦が誕生した際に、共産主義の理想を求めて最初にやったのが、「富農」の撲滅でした。

当時のソ連・レーニンの考え方は、

「大金と広大な土地を持っている「富農」がいるから、そこで働いてむしり取られるだけの「小作農」が生まれ、貧富の差が拡大する。

だから、富農の持っている農地を取り上げ(国が買い上げ)よう。

そして、そこは国営の共同農場とし、全員が平等な労働時間で、全員が平等な賃金で、全員に食堂で集まって同じ食事をしてもらおう。

そうすれば貧富の差はなくなるじゃないか、理論的には。」

というものでした。

その後、レーニンの跡を継いで、この考え方を踏襲した独裁者がスターリンです。

スターリンは第二次大戦の終戦後、「ソ連軍の中で、自分(スターリン)の言うことを一番聞きそうな聞きそうな朝鮮人軍人」を面接で探し、みごと選ばれた金日成が北朝鮮のトップとして朝鮮半島に送り込まれます。

そして、金日成が北朝鮮でやったのが、師匠・スターリン(およびスターリンの先輩レーニン)と同じ「富農撲滅政策」でした。


これにより、どんなことが起こったか。


一つ目は、農民が公務員になるので、農繁期とか、休日とか、早朝とかにがんばって働いたりしなくなり、やる気のダウンにより生産高が落ちます。

二つ目は、国が持っている農場なので、農業の方針を国が決めるのですが、金日成はじめ朝鮮労働党の偉いさんは農業に素人なので、間違った農業のやり方を押し付けることになります。

具体的には、開墾のやり方を間違えて大水や土砂崩れを起こしたり、山に植えちゃいけない作物を山に植えて土地が痩せまくったり、灌漑設備を整備しないので洪水まみれになったり、化学肥料の使い過ぎで一生農業できないような土になっちゃったり、そんなことが全国で起こりました。

そして三つ目、その押し付けて来る人は偉大な金日成主席なので、失敗しても「もっとこうしたらいいのではないか?」という意見を経験豊富な農民ですら言えません。

一度失敗しても、金日成や朝鮮労働党が言うのは

「みんなつらいんだ。がんばろう。」
「もっと話し合おう。話し合ってよくしよう。」

であり、話し合いといっても意見なんて言えないので、結果、一度失敗したら、その失敗が何十年も続くことになります。


結果、北朝鮮はソ連(や、同じようにソ連を真似した中国やカンボジア)と同様、農業政策の失敗と、それによる深刻な飢餓の時代へ突入します。

その第一歩が、「国有化と共同農場化」だったということです。





2.共同農場の制度

今回の北朝鮮旅行ではこの問題の「共同農場」を見学しました。


現地ガイドいわく、北朝鮮の農地は100%国有ですが、農場経営の方法は(1)国営、(2)民間共同農場、の2つのパターンがあるそうです。

畜産は設備投資がかかるためほぼ国営だそうですが、農業はほとんどが民間共同経営だそうです。

今回訪問した青山里(チョンサンリ)農場も共同経営とのことで、ここの共同農場を運営している共同農場委員会の副代表(経営の副代表なので、実質、副社長)の方にお話を聞かせてもらいました。



共同農場の副代表の女性の説明では、北朝鮮の農村は、1つの町が「里(リ)」という単位で呼ばれます。

里の上は「郡」、郡の上は「道」で、この青山里は平安南道江西郡青山里という行政区になっています。



1つの里は10個の作業班から成り、その1つの班で1つの集落を形成しています。
つまり、1つの町の中に、10個の集落があるということになります。

1つの班では40ヘクタールの田んぼと10ヘクタールの畑を、集落みんなで共同で管理することになっています。

かなり人工的な農村作りです。



現地ガイドいわく、北朝鮮の農村では、今では年貢のような制度がなくなっているとのことです。

その年の生産高のうち、まず農民は自分たちで食べる量を確保。
残った量の中から国が決めた目標生産高を国が買い取り。
更に、残った量は農民が自由に処分していい(市場で売っていいし、国も買い取ってくれる)、という制度だそうです。

もし自分たちで食べる量を確保したあとの残りの量が目標生産高に達しなければ、国には納めなくてよいそうです。

つまり、「自分が食べる量すら収穫できなかった」ということがないかぎり、農民は飢えることはない、これが今の制度だそうです。




北朝鮮の農業は、見渡す限り、ほとんど全て手作業です。


「農機はどうやったら手に入れられるのですか?」

と質問したところ、「共同農場単位で工場から買う」と言っていました。

いや、買えてないじゃん・・・と思ったので、

「買えなかったらどうするのですか?」

と聞いたところ、

「穀物があるので(自分で食べる分と国に納める分以外の余った量は売れるので)買えないことはないようになっている。」

と言っていました。


ということは、余るほどの穀物はないので、結局農機は買えない、だから我慢している、ということなのでしょうか。



日本では長らく、農家の跡継ぎ問題が慢性的な社会問題になっていましたので、この点についても副代表に聞いてみました。

「農家の子供は、農業を継ぐことになっているのですか?」

「子供は農家を継ぐか、労働者になるか、選べるようになっています。」

「子供が継がなかったらどうするのですか?」

「だいたいは継ぎますが、継ぐ人がいなくなった場合は、共同農場委員会が引き継ぎます。」

つまり、経営をする人たちである共同農場委員会の人がいなくなるまでは、農場の運営は続けられるようになっているとのことでした。

とにもかくにも続けられるようになってしまっているので、この飢饉の泥沼から抜け出せなかったのだとも言えます。


この青山里というのは、金日成が行った誤った農業政策(北朝鮮では「誤った」とは誰も認めていないですが)のシンボルにもなっていて、金日成の打ち出した農業政策の中に「青山里方式」という名前がついているほどです。

この青山里方式がどんなものだったのかと、その後、金正日、金正恩が意外にも立て直しに成功しつつあるその方法について、追って解説します。




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