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よくわかる北朝鮮旅行2016年5月 by 神谷奏六

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北朝鮮の観光スポット 〜西海ダムを見に行く〜

平壌から西に車で2時間ほど走ったところにある港湾都市・南浦市には、金日成の肝いりで建設した西海(ソへ)ダムというダムがあります。



すごくでかいダムである、という説明だけ聞いて、行くことにします。




ジャーナリスト・池上彰氏の著書「そうだったのか! 朝鮮半島 (そうだったのか! シリーズ)」に、北朝鮮の農業と治水の歴史がまとめられています。


北朝鮮は朝鮮戦争後、金日成の指導のもと、農業改革を行います。

その改革はソ連のスターリンのやり方を真似したもので、みごと大失敗して飢餓を招きます。
(ちなみに全く同じ悲劇は、中国の毛沢東、カンボジアのポル・ポトが繰り返します。)


農業改革はほぼ、やることなすこと全て失敗するのですが、その一つに

「畑に適さない山地を、いい加減なやり方で無理やり段々畑にした結果、全く作物が増えなかった。」

というものがあります。


この「テキトー段々畑作戦」は、食料不足の他にも弊害をもたらします。

この時に植えていたのが一年草で保水能力がないトウモロコシだったので、雨が降ると、山から洪水のように水が下流に流れるようになります。

ただ水が流れるだけでなく、山の土砂も川から海へ大量に流れ込むので、川底や、海の河口にあたるところの底も浅くなります。

これにより、川の水が溢れまくって町や田んぼがめちゃくちゃになったり、土砂が海に流れ込んで海藻や魚が死んだりし、農業も漁業もめちゃくちゃになったという歴史があります。


だから今も北朝鮮の山々はほとんどがハゲ山になっていて、この対策は農地の再開発や植樹から取り組まなければなりません。

でも、それを待っているとむこう何十年も川の氾濫や、漁業できない状態を耐えなければならないということになります。

それはしんどいので、応急処置として何かせねば、ということで金日成は深刻な飢餓が起こってから10年以上たって対策を練り始めます。

ここまでは北朝鮮の現地ガイドは語られなかった背景です。


そして、1981年に金日成により発案、1986年に完成したのが、この西海ダムです。





西海ダムは、平壌の中心部を流れて黄海に注ぐ大同江の河口に作られました。

この大同江の河口は干満の差が激しく、最大7メートルほど水位が上下します。

さらに、最悪なことに、このダムができた当時は、川底もだいぶ浅くなっていて、満潮時には、河口から数十キロ離れた平壌市内まで海水が流れ込むようになっていて、平壌市内の淡水魚が死にまくっていました。


そこで、大同江から海へ流れ込む淡水と、海から大同江へ流れ込む海水を調整する弁の役割を持たせるダムを作りました。


現地のガイドの説明によると、このダムは平均の高さ40メートル、幅の平均は15メートル、最大で排水量5万トン級の船も通行可能という、かなり大型のダムです。
(戦艦大和で排水量6万トンですので、たいがいの船は通れる計算です。)

これを作ったことにより、

・大同江に淡水がキープされた
・河口付近に水を貯めておけるので、河口付近の農村が農業をやりやすくなった
・洪水になりそうな時はダムを解放することで、大同江が氾濫しないように調整できるようになった
・河口付近に海の魚や海藻が戻って来た
・ダムの上は橋になっているので、地元の交通の利便性が向上した

というメリットがあります。



建設費は40億ドルとのことですが、これ・・・。

お金の使い方に失敗しまくっている金日成にしては、なかなかコストパフォーマンスの高い投資だったのではないでしょうか。
(ただし、だいぶ遅きに失した感はありますが。)

ダムの歴史を紹介するテレビの上にももちろん将軍様。


北朝鮮の農業と治水の歴史はこの本が一番わかりやすいです。


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