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よくわかる北朝鮮旅行2016年5月 by 神谷奏六

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北朝鮮の観光スポット 〜凱旋門へ行く〜

平壌市の北のはずれに金日成の「抗日パルチザン抗争の勝利後の祖国凱旋」を記念する凱旋門(がいせんもん)があります。その隣には、サッカー専用スタジアム「金日成サッカースタジアム」があります。



この見どころを解説します。





1.金日成・凱旋の歴史(最新の最も有力な説)


ジャーナリスト池上彰氏の著書「そうだったのか! 朝鮮半島 (そうだったのか! シリーズ)」に、北朝鮮の建国の歴史と、金日成の凱旋の歴史がまとめられています。


金日成は中国在住時代に共産主義に目覚め、その後、日中戦争の間は満州で「日本よ出て行け!」という抗日抗争に参加して、暴動を起こしていました。

この時期の抗日抗争の成果については資料がいろいろ出て来ているのですが、ほとんど目立った成果を上げることができず、暴動に対する日本側の取り締まりが厳しくなるにつれて、敗走を続けるようになります。

結局、満州にいられなくなった金日成はソ連に逃げ、ソ連にかくまってもらう形でソ連軍に編入され、大尉(会社で言うと、係長代行くらいでしょうか)として、ソ連の満州侵攻に備えることになります。

結局ソ連は1945年8月になって日ソ不可侵条約を一方的に破棄して満州に攻め込むのですが、金日成はここには参加せず、ソ連陸軍の基地でスタンバイしているうちに終戦を迎えました。


その後、アメリカが朝鮮半島南北分割統治案を提案して来たので、ソ連はそれを承諾。

ソ連が統治することになった朝鮮半島の北側半分の国のトップはソ連の言うことを聞く人がいい、ということで、その候補となる何人かの在ソ朝鮮人軍人を集めてスターリンが面接しました。

結果、唯一面接でひとこともしゃべらず、スターリンの話にひたすらうなずいていた金日成がスターリンのお気に召して、採用。

こうして金日成は、ソ連から北朝鮮に送り込まれ、ソ連のあやつり人形として北朝鮮政府を作ることになりました。


抗日闘争の当初はキムソンジュという名前を名乗っていたのですが、だんだんキムイルソンを名乗るようになっていました。

最初は金一星と書いて、キムイルソンだったのですが、北朝鮮のトップとしてソ連から送り込まれる際に、金日成に名前を変えます。

理由は「金日成」という名前で本当に抗日抗争である程度成果を挙げた将軍が別にいたので「その人が凱旋する」という風に勘違いさせて盛り上げよう、という狙いが一つ。

それからもう一つは、それを提案した側近の「星より太陽(日)のほうが似合ってますよ!」というおだてに金日成が乗ったというのが理由です。



さて、この話は最新のわかっている最も有力な史実ですが、これでは金日成にとって、かっこ悪すぎます。

ということで、別の歴史を作ることになります。




2.北朝鮮で伝えられている、金日成の凱旋の歴史

北朝鮮で伝えられている歴史は以下のとおりです。


・偉大なる金日成主席は、朝鮮半島の霊峰である白頭山にて抗日パルチザン闘争を指導していた。

・初めて指導したのは7歳、本格的に革命の道に歩み始めたのは13歳。

・その後、数々の日本軍を撃破し、14年間で10万回の戦闘を指導し、その全てに勝利した。

・1945年、金日成主席率いる抗日パルチザン抗争に屈した日本軍は朝鮮半島から撤退。

・1945年、金日成主席は白頭山から平壌に凱旋帰郷し、そのスピーチに国民は感動した。




14年間で10万回ということは、1日あたり20回戦い、14年間全て勝ったということです。
グレイシー一族もどん引きです。

ここは「7歳で指導」と併せて、ネタでスルーするとして、白頭山で抗争って・・・、平壌を脱出して標高2,000メートルの山で誰と戦うのか・・・。

日本が朝鮮半島を撤退したのも金日成の手柄になっていますし。

なお、「金日成が凱旋した際のスピーチ」は、ソ連主催の分割統治の方針の発表会で、そこで金日成が初めて人前に顔を出した演説を指しています。

この際は、「あの伝説の将軍、金日成が見れる」ということでかなりの人が演説会場に集まったそうですが、そこにいた33歳の青年を見て、聴衆の中に、「聞いていた話と比べてだいぶ若いな」という疑問が続出。

「偽物じゃないのか!」

と大ブーイングが発生、ソ連軍が発砲威嚇する事態になっています。

・・・。
そう、偽物なんですが。


金日成は、その後の金正日と違って演説嫌いで、ほとんど人民の前に顔を見せずに指導していたとして知られていますが、この時のことがトラウマになっているのではないでしょうか。




3.その凱旋を記念して建てたのが凱旋門

とにもかくにも、そんな「北朝鮮で伝えられている、金日成の凱旋」を記念して、後年、息子の金正日が建てたのが、この凱旋門です。

高さは60メートルで、パリの凱旋門より10メートル高く、世界一の高さの凱旋門です。

「1925」は金日成が13歳にて革命の道に歩みだした年を、1945は終戦を記しています。

ハングルで文字が書いてありますが、これは金日成の歌が書かれています。


60メートルですので、そこまでの迫力はありません。

「言われてみれば、でかいですね。」

というところでしょうか。




すぐ近くには金日成サッカースタジアムがあります。

2011年のワールドカップ予選の日本対北朝鮮戦で、サッカー日本代表と日本人サポーター150人がここを訪れています。

150人って・・・少ないようですが、年間で150人しか日本人観光客が来ない国ですので、1年分の日本人が1日に来たという、現地では大ニュースでした。


他にもほとんど動いていない小さな遊園地が近くにあります。
日本でいうと・・・、昔、夕張市が破綻する直前に見た夕張の廃墟のような遊園地に似ていました。


凱旋門は、ここにわざわざ行くというよりも、このへんを散歩して楽しむくらいの訪問先かと思います。

北朝鮮の建国の歴史を学ぶなら、この本が一番わかりやすいです。


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