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よくわかる北朝鮮旅行2016年5月 by 神谷奏六

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北朝鮮の歴史認識「国連軍16カ国対中朝2カ国」はねつ造か?洗脳か?いや一理あるのか?(2)最新の最有力の国際的に一般的な歴史認識

北朝鮮政府や北朝鮮国民の歴史認識としては、朝鮮戦争は「アメリカ含む国連軍16カ国と南朝鮮軍に対し、中国と北朝鮮の2カ国で戦った」というものが主流ですが、国際的に一般的な最新の有力説も検証したいと思います。


国際的に(というより厳密には西側諸国において、ですが)一般的とされている、最新・最有力の説は「中国と北朝鮮に加えて、ソ連軍も参戦していた」というものです。



1.開戦判断への関与

ジャーナリスト・池上彰氏の著書「そうだったのか! 朝鮮半島 (そうだったのか! シリーズ)」に、以下のような記述があります。

以下、引用

金日成は、北朝鮮の建国当初から、朝鮮半島統一の機会を狙っていました。
1949年と1950年にソ連を訪問し、スターリンに攻撃の許可を求めています。

特に1950年4月の会談で金日成は、朝鮮半島の武力統一の方針の支持を訴えました。
この事実は、1970年に出版されたソ連の元首相フルシチョフの回顧録で明らかにされています。

さらに、この会談に同席していた南朝鮮労働党の朴憲永(パクホニョン)のメモが公表され、その内容もわかってきました。

金日成は「攻撃は迅速に遂行され、三日あれば勝利できる」とスターリンに言っています。
北朝鮮の人民軍が南に攻め込めば、アメリカの傀儡(かいらい)政権である韓国政府に反感を抱いている南の人民は必ず立ち上がり、速やかな軍事統一が成し遂げられるはずだと訴えたのです。

これに太鼓判を押したのが朴憲永でした。

(中略)

こうして金日成の度重なる説得により、北朝鮮人民軍の南への攻撃が、ソ連に認められたのでした。
中国の毛沢東もソ連に続いて許可を出します。
以上、引用

開戦前からがっつり関与しています。

また、国士舘大学日本政教研究所非常勤講師であり、憲政史家の倉山満氏の著書「常識から疑え! 山川日本史 近現代史編 下 「研究者もどき」がつくる「教科書もどき」 (Knock the Knowing)」に以下のような記載があります。

以下、引用

そもそも、戦争の発端となったのはアメリカのアチソン国務長官による声明でした。

「アメリカは、アリューシャン列島〜日本列島〜沖縄〜フィリピン〜オーストラリアの防衛戦を守る」という宣言です(アチソン声明)。

要するに「ソ連を太平洋には出さないぞ」ということなのですが、アチソンが宣言したラインからは朝鮮半島が抜けています。

「最前線の韓国は守らない」と聞こえても仕方のないこの声明を受けて、スターリンは子飼いの金日成に進撃命令を出しました。
以上、引用

ソ連のスターリンが金日成に出した「許可」は、許可というより「進撃命令」ともとれるものであったという見方が有力なのです。

はっきり、開戦する決断の主体者に含まれると言ってよいでしょう。



2.中国人民軍参戦への関与

国連軍の仁川(インチョン)上陸により、北朝鮮軍が北へ後退し、国連軍が中国との国境である鴨緑江のそばまで来たのを受けて、危機を感じた中国軍が朝鮮戦争に参入します。

この流れについて、上記の倉山満氏の著書「常識から疑え! 山川日本史 近現代史編 下 「研究者もどき」がつくる「教科書もどき」 (Knock the Knowing)」には、以下のような記載もあります。


以下、引用
自ら手を汚さず、金日成に指示して韓国に侵攻させたスターリンは、国連安全保障理事会では北朝鮮をかばうべき立場にあるはずです。
ところが、安保理がはじまっても、スターリンは以前からもめていた中国問題(中華民国と中華人民共和国のどちらに代表権を認めるか)を理由に欠席を続けます。

この長期欠席の理由が明らかになったのは、ここ十数年ほどの研究の成果です。

ソ連としては、安保理に出席したら北朝鮮をかばって国連軍の出動に拒否権を発動しないわけにはいきません。
スターリンは拒否権発動を避け、朝鮮戦争にアメリカを引きずり込むために、わざと安保理を欠席し続けたというのです。

アメリカ軍が国連軍として朝鮮戦争に参加すれば、そこで起きるのはアメリカと中国の殺し合いです。
これこそがスターリンの狙いでした。

スターリンから見ると、毛沢東は弟分とはいえ、生意気さが目に余るようになってきた存在でした。

1945年に満州から日本軍を追い払ったのはソ連軍です。
ところが、毛沢東は国共内戦がはじまると真っ先に満州に侵入し、日本が残した大工業地帯を押さえます。
ここで得た武器と物資で蒋介石の国民党軍を圧倒したのです。

そして毛沢東は、満州を占領した既成事実をもとに(筆者注:満州の)支配権を正式に認めさせようと、モスクワに飛んでスターリンに直談判します。
もちろんスターリンは認めるわけにはいきません。

生意気な毛沢東と、敵であるアメリカを殺し合わせることができれば、スターリンにとってこれほど都合のいいことはなかったのです。
敵ながらあっぱれと言いたくなるようなスターリンの悪知恵です。
以上、引用

中国の参戦は、(ソ連の命令というほどではないですが)ソ連がそうなるように裏で動いていた、ということがわかっています。

ソ連は安保理を欠席しただけなので、戦争行為ではないですが、ソ連が中国の参戦に手を貸しているかどうかで言うと、かなり黒に近いグレーと言えるのではないでしょうか



3.戦闘行為への参戦

今では、戦闘行為へもソ連軍が参加していたということもわかってきています。

上記の池上彰氏の著書「そうだったのか! 朝鮮半島 (そうだったのか! シリーズ)」に、以下のような記述もあります。

以下、引用
北朝鮮の戦闘機や爆撃機は壊滅状態となっていましたが、その後、散発的に北朝鮮の空軍機(ソ連製のミグ戦闘機)が米軍機に立ち向かい、空中戦が展開されました。

(中略)

これはソ連が崩壊して明らかになったことですが、当時の北朝鮮のミグ戦闘機のパイロットは、実はソ連の空軍兵で、北朝鮮の軍服を着て北朝鮮兵を装っていたのです。
以上、引用



ソ連が参戦したことは明らかになっており、かつソ連も北朝鮮もそれを隠し続けているということがわかります。
では、ソ連も北朝鮮もそれを隠したのか?はコチラ


これらを分析するに、中国・北朝鮮の他に、開戦前から参戦まで含めて、ソ連も参加していた、と判断してよいと思います。



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