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よくわかる北朝鮮旅行2016年5月 by 神谷奏六

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北朝鮮観光地レポート 〜祖国解放戦争勝利記念館のある公園へ行く〜

私が一番楽しみにしていた平壌市内の観光スポットが、朝鮮戦争の歴史を「北朝鮮側の歴史認識で」紹介する「祖国解放戦争勝利記念館」です。



この記念館、最大の突っ込みどころはやはり・・・そのネーミングでしょう。

朝鮮戦争は、現在も(終戦ではなく)停戦状態にあります。

でも、北朝鮮に行くと「祖国解放戦争『勝利』記念館」って、もう建物の名前から、勝ったことになっている・・・。

建物の中に入ると、ちゃんと停戦協定して停戦したことになっているし、板門店に行っても、停戦した、と解説してくれるので一安心させてくれますが、この記念館のネーミングはすごい。

この「戦争勝利記念館」のネーミングについては、別の記事で検証したいと思います。
「北朝鮮が朝鮮戦争を「勝利」と言うのはねつ造か?洗脳か?いや、一理あるのか?を検証してみる」の記事はコチラ




さて、祖国解放戦争勝利記念館のある一帯は、公園になっています。

この公園は、金正日が(先代の金日成が死去する2年前の)1992年に、翌年の朝鮮戦争の停戦40周年に間に合うよう、朝鮮戦争の「勝利」を記念する公園と、祖国解放戦争勝利記念塔を整備するよう指導(実質は命令)して、1年間で整備させました。

その中のメインの観光スポットである祖国解放戦争勝利記念館は、金正恩が(金正日の死去の翌年の)2012年に、翌年の朝鮮戦争の停戦60周年に間に合うよう、もともとあった朝鮮戦争の「勝利」を記念する博物館をリニューアルするよう指導(実質は命令)して、1年間で建築させました。


つまりこの「戦争の勝利」を記念するものを整備するのは、権力の後継の象徴にもなっているということです。
(どちらかというと、金正日による後継は計画的に準備されたもので、金正恩による後継はバタバタの大急ぎでやったものだったので、金正恩による記念館のリニューアルは先代の死後になってしまったのでしょう。)


この公園に入るのには、念入りに持ち物検査をされます。
財布、カメラ、メモ以外は持ち込みNGです。

スマホやらバッグやらを車に置いて行ったのですが、ポケットにタバコとライターをうっかり入れっ放しにしていて、警備の際に警備員に指摘され、ガイドに怒られました。



この公園には4つの観光スポットがあります。




1.祖国解放戦争勝利記念館(博物館)

こちらは金正恩の指示で2013年にリニューアル再オープンしたほうです。

この奥です。



朝鮮戦争の開戦から、北朝鮮の進撃、韓国と国連軍の反撃、停戦までの流れをビデオ放映、ジオラマ展示、資料、軍人が使用した装備などの展示などで紹介しています。

3階建てて、100室近い展示室があるそうですが、そんなにみる時間がないので、そのうち10室前後くらいを見ました。

記念館の中は全て、朝鮮語で説明する記念館のガイドと、それを日本語に訳してくれる朝鮮国際旅行社の私たち担当のガイドが着いて解説してくれます。


また、中は撮影禁止です。

最初のビデオ放映は様々な国の言語で用意されています。
私たちが行くと日本語版を見せてくれました。

タイトルは「朝鮮戦争は誰が起こしたのか?」。
このタイトルをみた瞬間にこのビデオのオチがわかりましたが、予想通り、「答えはアメリカ」というビデオです。

朝鮮戦争の最中の野営のようすを再現したジオラマや、重要な戦いであった1211(千二百十一)高地の戦いの様子を再現したジオラマ、序盤にソウルの次に攻略(北朝鮮では「解放」と呼びますが)した大田(テジョン)の戦いのジオラマなど、この手の博物館のジオラマとしてはクオリティはかなり高く、楽しめます。



当然ですが、かなり偏った歴史認識をもとに解説されていますので、事前に基礎知識を頭に入れておかないと、洗脳されるか、あるいは疑って終わり、となってしまうかです。

私はあまり知識を入れずに行ったので、あやうく洗脳されそうになりました。

その後日本に帰って本などを調べて答え合わせしてみると、博物館の説明もあながち間違ったことを言っていないことも多いです。

その意味では、あまり歴史に詳しくない人でも楽しめるのではないでしょうか。

予習や答え合わせに使う本は、あまり難しい本はしんどいので、池上彰氏の「そうだったのか! 朝鮮半島 (そうだったのか! シリーズ)」がオススメです。

上記の本は詳しい話をかなりわかりやすく解説していますが、それでも重ければ、「学校では教えない「社会人のための現代史」 池上彰教授の東工大講義 国際篇 (文春文庫)」か、「常識から疑え! 山川日本史 近現代史編 下 「研究者もどき」がつくる「教科書もどき」 (Knock the Knowing)」の朝鮮戦争に該当箇所を読むのが早いです。

祖国解放戦争勝利記念館のレポートと解説はコチラ




2.朝鮮人民軍が撃墜・拿捕した米軍の兵器の展示(屋外)

公園の入口すぐ近くに、大量の戦車・ヘリコプター・戦闘機などが飾られています。





これは朝鮮戦争やその後に撃墜した米軍のものだそうです。

似たような展示はベトナムで見た米軍の兵器、グアムで見た日本軍の兵器、キューバで見たスペイン軍の兵器、キューバで見た前政府の兵器など見たことがありますが、それらと比べてもかなりの量です。

よほど国内中を必死になって探し出して集めたか、一部はねつ造されてるのでは?と思うくらいです。

よくよく解説を見てみると朝鮮戦争の中で撃墜・拿捕したものはほとんどなく、多くは1960年から2004年までの間に撃墜・拿捕した米軍の兵器です。





それぞれに解説がありますが、ほとんどはアメリカのスパイ活動を捕らえたもの、と解説があります。





アメリカの空爆の歴史を調べると、アメリカが空爆で地上に止まっている戦車や戦闘機を破壊したあと、調べてみたら米軍の兵器を米軍が空爆で破壊していただけだった、ということは歴史上何度も起こっています。

朝鮮戦争でも、あれだけ空爆されたら、拿捕したアメリカの戦闘機も相当壊されているので、残っていないのでしょう。


なんとなく眺めていると、朝鮮戦争で米軍の飛行機を撃墜しまくった、かのような印象を持つことが出来ます。
でも、これらはほとんど朝鮮戦争後に撃墜したものです。



「この公園は「朝鮮戦争の”勝利”」を記念した公園であり、そこに朝鮮戦争後に撃墜した飛行機を展示しているだけで嘘はついていない。」

「でも、北朝鮮人がこの公園に来ると朝鮮戦争で無事勝利したようなイメージを持てるのでプロパガンダによいだろう。必死で集めた甲斐があったわ。」

・・・みたいな金正日の意図を感じました。




見学の通路が戦争の際の壕を再現しています。





3.プエブロ号の展示

公園の脇は普通江(ポトンガン・日本語読みはなぜか「ふつうがわ」)が流れています。
(現地ガイドいわく、ネーミングの由来は、昔この辺に普通の庶民が住んでいたからだそうです。)

この普通江にプエブロ号というアメリカ海軍から拿捕した船が飾られています。


これは、1968年に北朝鮮が拿捕したアメリカのスパイ船みたいなもので、見た感じただの漁船です。

「領海侵犯した(諸説あります)アメリカ船・プエブロ号を拿捕し、アメリカは領海侵犯していないと国連に嘘をついて訴えを出し、朝鮮人民軍は捕虜を手厚くもてなし(これも諸説あります)、結局アメリカ大統領ジョンソンが謝罪文書に調印し、『傲慢無礼の国アメリカ帝国主義者が勇敢な朝鮮人にひざまづいた』」という流れを紹介する記念艦になっています。





船の前では、ジョンソン大統領が謝罪文書に調印したところの写真が特大で展示されています。

プエブロ号のみどころと解説はコチラ



4.祖国解放戦争勝利記念塔

こちらは金正日の指示で1993年に公園を整備した際に建てられた物です。





万寿台(マンスデ)大記念碑のものと同じく、朝鮮戦争の時の軍人の様子をモチーフにしているのですが、近くで見るとなかなかのクオリティです。

それ以外のこの塔の見どころは・・・、わかりません。



この公園内のレポートは、随時追記していきます。








北朝鮮の観光スポットの口コミはトリップアドバイザーでも調べられます。
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